話を聞いている様で聴いてない

人の話を聞かずに、相手を置いて、自分の思いで仕事をする人が多い 投稿記事

 筍の季節になると思い出す。20年ほど前の話。
 某和食店で、当時の板前さんが、掘り立ての小ぶりな筍を炭火で長時間じっくり焼いてくれました。梨のような歯応えと筍本来の素朴な甘味、春になるとその味が忘れられず、ある年その店の女将さんに電話で事情を話したところ、何故か「一度食べにきて話を」と返事。翌日行くと、当時の板前さんは既に辞めたとのこと。新しい板前さんと女将さんに再び同じ説明をし、料理代を払う際にも、茹でずに生を直接焼いたからこその甘味である事を散々伝え、女将さんも「あれはそうでしたね」と思い出していました。
 数日後、用意ができたと電話があり、母を連れて行くと、出て来たのは、茹でて甘い味付けをした筍。また、山椒の花をコンソメ味の鍋に入れたりと、およそ和食の常道から離れる料理も。
 気遣いと気をてらったのとは別物。「素朴な調理だが筍本来の味を味わって欲しい」と言う想いと、伝統を忘れ「自分は人が思いつかないものをこんなに作れるんだ」と言う奢りは別物。
 人の話を聞いてるようで、実は全く聴いていない人は、どの職場・職種にも意外と多く、思い当たる人は取引先の信頼感が揺らがないよう確認作業を大切に。
 ちなみに、それ以来、筍は西京区塚原産の白い筍を買って自宅でコロコロ焼いている。本当に梨のように美味しい。生で焼いて食べられる筍は、桜の終わりの頃限定です。

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