この企業の製品はいつも斬新で良いなと思ったら、企業や行政任せにしないで、消費者だってその商品を購入して支えていかねばならない時代になっています。かつてのシャープは、常に一歩先を行く発想をする会社でしたが、それを真似して後から販売した松下は、当時「マツシタでなくマネしただ」と揶揄されながら、シャープとは裏腹に今のところ繁栄しています。
企業は、消費者が支えていく必要があるという視点から、老舗の上生菓子店の話を少し。
昔、「お茶事・お茶会といえば、A店かB店」と言う別格の上生菓子(茶道では主菓子(おもがし)と呼びます)のお店がありました。特に、A店のきんとんは、本当に美しく、小豆の水分量が絶妙で、今はデパートの人気店になっている新興のC店の女将さんが、「うちも同じ材料を使っているのに」と言われたほどでした。
一度食べたら、絶対に忘れない、他店には真似できない上生菓子。A店の素晴らしさは味だけではありませんでした。
とある客が、その上生菓子を東京に持って帰りたいが、朝一の新幹線で帰るので、開店には間に合わなくて残念がっていると、当時A店の大女将さんだったお婆さんが、「2時間早く起きれば良いだけなので、ご用意させて頂きます」と引き受けられたのです。
指定された時間にその客が店に行くと、大女将が、着物を着て正座して、膝の前には生菓子の折をきちんと風呂敷で包み、凛として客を待っていたと言う、京都の老舗にしかできない仕事をしていたのです。
ところが、次の代になって、もう生菓子は作らないお店に変わってしまいました。私も何度かお目にかかったことのある大女将は、どう思ってるのかと思わずにはいられません。
確かに、経営理念と採算性、そんな客にいちいち答えていたら、今なら残業手当も必要でしょうし、不定期なお茶会のために職人を育成する手間ひまや、1日しか持たない上生菓子よりより日持ちのする和菓子の方が効率は良いでしょう。
しかし、そのお店が何百年も地元に支持されてきたのは、上生菓子の品質と味はもちろん、その大女将が体現していた店の「姿勢」だったのではないでしょうか。それがあったからこそのA店で、なくなればその辺の和菓子店と何ら変わりない店になってしまいます。
一方のB店は、お茶会を引き受ける老舗の生菓子店がしてこなかったデパートに出店しました。箱入り抱き合わせセットになってしまった上生菓子は、他店より高いので並んではいませんが、夕方には売り切れています。もちろん日持ちのする和菓子や干菓子も売っていて、観光客は日持ちのする和菓子を買っています。
何日も日持ちのする和菓子と、一期一会のその日のために早朝から作られ、当日中が消費期限の上生菓子とは、違いを知らない人からは同じ「和菓子」と言う名称を使われることもありますが、根本的に別物です。圧倒的に品質と味と手間ひまが違います。
まず、餡については、圧倒的に水分量が多いためみずみずしく口当たりが柔らかでくどくないのです。口に入れると、ふわふわっと解ける感じです。また、外側は、きんとん餡、練り切り、こなし、求肥、薯蕷(じょうよ)など、一応、主菓子としての格付けはあるのですが、どれも柔らかくなめらかなものです。翌日まで置いておくと、餡が腐敗したり表面が硬くなるほど、一期一会で食べるものだからこその妥協のない水分量や、限界まで素材の良さを最大限活かし、1つ1つが職人さんがヘラなどで手作りしている、繊細で美しく儚いお茶菓子なのです。当然、その日限りなので、手土産にすることはできません。
今では、A店も日持ちのする和菓子だけをデパートに出しています。おそらく、売り上げを上げるのはデパートに出すことだと言う考えなのでしょう。でも、あの味を知っている私たちは、それが食べたいのでは無いのです。あの水分が絶妙な上生菓子きんとんが買いたいのです。だから、私は買ったことはありません。A店の和菓子も他県の和菓子に比べたら美味しいので、広報次第では観光客には売れると思います。しかし、地元の信頼を失っては、意味がありません。
A店は、上生菓子を辞めて和菓子屋になり、B店は上生菓子を続けるために和菓子を利用しました。
この違いは何だったのでしょう。もちろん、B店の主人の発信力というかマスコミに頻繁に出ていた効果はあるでしょう。しかし、それでも、一度A店の味を食べた人は、次も必ずA店を選んでいたのです。味のわかる人はマスコミに踊らされることはありません。
地元の味のわかる人が認めてくれる上生菓子を作ることが働きがいだった大女将と、その背中から、「なぜそのようなことをしてきたのか」を読み取れなかった後継者、そして、あの上生菓子を積極的に買い支えて支援しきれなかった私たち消費者、その結果、私たちはあの上生菓子を二度と食べられない幻の上生菓子にしてしまいました。
一消費者として、本当に必要だと思った商品や企業は、違いの分からない行政や企業まかせでなく、消費者も苦しい財布の中からでも買い支え、その商品・企業理念・姿勢の素晴らしさを直接企業に伝え、私たち自身で守っていかねばならないと気付かせてくれた事例でした。
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